儀  仗 8

 天から星火の糸を手繰り寄せ、闇の中でそれを巧みに編んでゆく少年。強い風の中にいるのにも関わらず、袖をかえす勢いが強いらしく、時折布が空を切る音が辺りに響き渡る。朱呑童子は髪をきっちりと束ねていた為、風で髪が乱れることはなかったが、目の前の少年が起こす袖の羽風を顔に感じていた。舞いに詳しくなくともその動きからしてこの国の舞いでないことくらい分かる動きをしていた少年は、朱呑童子が向ける視線に気が付き嬋媛おそよかに笑ってみせた。

 程無くして、朱呑童子は笛から唇を離した。少年の動きも止水の如く静止する。少年が夕玉草のような汗を振り払うと同時に、葉裏童子が近寄った。

 「葉裏は嘘はつかないよ。」

 朱呑童子に対して少々自慢げに言うと、葉裏童子は少年から預かっていた被衣を持ち主にすっと差し出す。乱れた髪を一度手で束ねて後ろに流した少年は、葉裏童子の手から被衣を取ると、空気をたっぷりと含ませてから被衣を被った。

 「雪を巡らせる。とは言ったものよの。」

 そう言った朱呑童子に対し、少年は一礼した。褒められたということを理解したようだった。それを聞いた葉裏童子はにこやかに微笑んだ後、錆び付いて動きが悪くなった蝶番の様に、ゆっくりと・・・・ごく、ゆっくりとある方向に顔を向けた。その表情は二人には見えなかったが、恐らく寒気が走るような笑みを浮かべているのではないかと彼等には想像がついた。

 葉裏童子が顔を向けた先には、先ほど陰陽寮で手水に立つと言って出て行った源博雅が居た。

 風に乗って流れてきた初めて耳にする音の連なりに惹かれ、彼はここまでやってきた。月明かりの全くない、星明かりのみで複数の人数の者がやっていることを確認する為に、目を凝らさない限り見ることは出来ないと思われる距離まで近づいていた。勿論相手が人であるということを前提として。少年の舞いと朱呑童子の笛に意識を集中し続けている博雅の気を読んで、問題ないと判断した葉裏童子は、結界を一部解いていた。言うまでもなく、結界を解いた箇所に彼が来るであろう事を予測して。

 葉裏童子が動くことによって、その時初めてそこに人の気配を感じた少年は葉裏童子に預けていた太刀を手に、その場から逃げようと応天門の方向に背を向け、走り出そうとした。

 「待てっ!」

 動くものに反応する猟犬の様に、博雅は咄嗟に少年の手首を掴み、自分の方へと思い切り引き寄せていた。勢いが余り、少年は博雅に抱き留められる形となった。その間、少年は朱呑童子に視線をやる。朱呑童子は葉裏童子に視線を投げると、ほぼ同時に顎を引いて闇の中へと溶けていった。

 「陰陽、寮の、者、か・・・・!?」

 先程とは変わって掠れた様な声で問い、博雅の手を振りほどこうとするが、博雅はそれを許さなかった。ただ、自分の腕の中からは彼を出した。

 「人、なのか?それから何故私を陰陽寮の者と?」

 その問いには答えず、少年は博雅の肩越しを見やるように顔を上げた。鼻の辺りまで被衣で覆っている為、博雅にはその表情は愚か顔すらも見ることは叶わなかった。博雅の問いは、少年からではなく背後から近づいてきた影から答えを得ることとなった。

 「確かに彼は人でございます。わたくしが居ります故、どうか彼の手を放してやってはくれませんか?」

 驚いて博雅が振り返ると、そこには風で火が消えないよう覆いをした燈明皿を手にした保憲が立っていた。

 「や、保憲殿っ!?何故にここへ!?」

 その姿を認めるや否、博雅が叫ぶ。少年の手首はまだ掴んだままだ。そんな様子を見て保憲は少し苦笑を浮かべ、手水に立つとおっしゃりながら全く違う方向に走っていったのは博雅様ではありませんか。と告げた。表に出て保憲の耳にも届いた音。それで保憲は博雅の落ち着きのなさと次なる行動を理解した。そして何かあってはという理由で彼を追いかけてきたのだった。

 「再度お願い致します。彼の手を放してやってくれませんか?」

 僅かに先程より強い口調で保憲は言う。慌てて謝りながら解放する博雅だったが、少年の手首には見事なまでに彼の手の跡がしっかりと残っていた。

 保憲は博雅に対し礼を述べると、次に少年に対し、一言短く「よいか?」と尋ねた。少年は首を縦に振る。

 「先程のもう一つの質問にお答え致します。」

 少年に対する口調とは異なる柔らかい口調で、保憲は先程の博雅の問いに答えるべく言葉を紡いだ。

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